台湾田舎生活!!!

台湾の「ど田舎」に住んでます。ご近所さんは義理家族とニワトリ。台湾での海外生活&情報、また毎日の出来事について綴っています☆

私の中国語名が、台湾先住民族の名前だったって話。

こんにちは。あやみんです☆

 

今回が、私が住んでいるど田舎にある最寄駅『斗南(ドーナン)駅』についての最終記事です。

 

前回の記事はこちら↓

 

www.ayamint.com

 

 

新しくなった斗南駅の入口で、このような物を発見。↓


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他里霧(タリウ)とは一体?

 

実は、元々この土地は『他里霧』という名前でした。

 

他里霧が、どうして斗南になったのかというと…

 

斗南鎮は旧名を「他里霧」と称し、原住民の和安雅族(平埔族の支族)である他里霧社社名を音訳したものである。明末の鄭成功の時期には既に漢人による入植が行なわれていた。清による台湾統治が開始されると諸羅県管轄の他里霧社とされ、1886年光緒12年)に雲林県が建てられると雲林県に帰属するようになった。

日本統治時代初期、他里霧支庁が設置された。1897年には斗六庁に、1907年嘉義庁、1910年には他里霧区が設置され他里霧区長役場は設置された。1920年10月1日の台湾行政区改制の際、斗六の南に位置したことから「斗南」と改称[1]台南州斗六郡帰属に改編した。Wikipediaより)

 

というわけです。そして、1903年から開業していた他里霧駅も、1920年に名前を斗南駅と改称されました。

 

でね、なんで『斗南』という名になったかと言うと、先ほどの説明のように「斗六の南にあるから『斗南』になった。」という説の他に、こういう説も。

 

こちら。↓

他里霧的原音和日本的一個地方斗南藩(となみ,tonami。現青森縣陸奧市斗南丘)很像所以改為斗南。

訳:他里霧(タリウ)という音の響きが、日本のある地域の名前『斗南藩』(となみ。現在は青森県むつ市斗南岡)に似ていた為、斗南に変更された。

https://www.peopo.org/news/235217

 

  

面白いですね!でも、タリウとトナミ…私には全く違う音に聞こえますが…。

 

この青森の住所を調べているうちに、『斗南藩史跡地』に辿り着き…

 

斗南藩って会津藩の事なんですね。知らなかった~。(;'∀')

 

私の母方の父の先祖は会津藩に仕えた武士でした。母から先祖について以前話してもらったことを何となく思い出し、何というか…縁を感じるというか…。

 

私は、たまたま台湾人と結婚して、たまたま斗南という所に住んでいるって思ってるんですけど、なんか運命みたいで何というか複雑な心境~(笑)。

 

ウィキペディアで、斗南(私が今住んでいるど田舎)について検索していた時、もう1つ驚いたことがありました。それは、ここに以前住んでいた原住民族(この呼び名をよく思わない人もいますが、台湾では一般的この呼び方)の名前。

 

和安雅族(洪安雅族、洪雅族とも呼ばれている。)…この中に私の中国語名(2文字)が入ってるんです!!!

 

このことは、無知のダンナも勿論知らず。

 

義理母に、私の日本語名の漢字は男に使う字(でも、実際は台湾人女性でも使ってる人いた!怒)でややこしいから、漢字を変えた方が良いと言われ、つけてもらった名前だったんですけどね…。

 

和安雅(ホアンヤ)族ってどんな人達だったのだろうか?

 

調べてみると、まだ雲林県にもいるそうですが、ここら辺で、原住民を見ることはありません。

 

彼らは何処へ行ってしまったのだろうか?

 

娘にその話をしたところ、ちょうど学校で和安雅族の事を習ったそう。

 

なんでも、その種族は古坑(グーカン)にもいるのだとか。ちょうど、娘の学校がある区域です。私の家から車で約20分。

 

で、ちょっと気になっていた事が解決しました。

 

以前、娘の中学校選びにそこ(古坑)へ行った時、生徒さん達の顔を見て思ったんです。なんか私が知ってる台湾人の顔と違うなって。

 

で、その学校の周辺を見てまわった時も、お年寄りから幼児まで、顔の作りが似てました。目が細くて、肌の色は濃い目で…よく言うと、素朴な感じの見た目…。

 

昔の和安雅族の写真しか見つけられなかったのですが、こちら↓


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 issued in Paris 1893 by ELISEE RECLUS for " NOUVELLE GEOGRAPHIE UNIVERSELLE " 

 

 

台湾人って、顔の中のパーツが大きい人が多いじゃないですか?お目目パッチリ~みたいな。

 

台湾原住民のイメージも、東南アジア寄りの堀が深くてハッキリした顔立ちってイメージがありますが、そうではない種族もいます。

 

なので、もしかしたら、ここに住んでいる人達はある種族の原住民かな?とチラッと思ったのですが、やはりそうだったみたいです。

 

知り合いが、その地域で賃貸を探していた時、よそ者には貸したくないと言われたそう。それを聞いた時は、何かあるなとは思いましたが、納得です。

 

それにしても、私の中国語名がこの土地の先住民族の名前だったとは…。名前をつけてくれた義理母もこの事は知らないと思います。

 

なんか縁があるというか、このど田舎からいつまでも逃れられないような恐怖を感じるというか…。(;'∀')

 

台湾に来て良かったなと思うことは、私の知らない日本の歴史や人種について知れる事ですかね。とても興味深いです。和安雅族について調べていた時も、色々な他の情報が知れて面白かったです。

 

中国語には全く興味が持てない私ですが、こんな時ばかりは、中国語が出来たら色々な文献が読めて楽しいだろうな~って思います。

 

今回も読んでくださり、ありがとうございました☆