台湾田舎生活!!!

台湾の「ど田舎」に越してきて約5年。ご近所さんは義理家族とニワトリ。台湾での海外生活&情報、また毎日の出来事について綴っています☆

台湾人は本当に親日?

台湾人は親日

 

台湾人は日本人にとても親切。

 

お年寄りの方は日本語を話す人もいる。

 

真実です!

 

義理父のおばさんは現在100歳を越えている。

 

今はもう呆けてしまったが、5年前までは日本語も上手に話せました。

 

私に初めて会った時の言葉が「心の友よ!」でした。

 

よほど日本が恋しかったのでしょう。

 

彼女は日本統治時代に生まれ、女学校までずっと日本語教育で育ちました。

 

台湾生まれ、でも心は日本人。

 

何度か私に、「私は日本人だ!」と言っていたのを思い出します。

 

日本が台湾から撤退した後、中国がやって来ました。

 

今まで左側通行だったのが右側通行になったりなど、一瞬にして全てが変わって悲しかったそうです。

 

彼女の話しから、日本人と台湾人が良い関係であった事が想像出来ました。

 

しかし、全ての人がそうだったとは限りません。

 

例えば、日本統治時代、日本人は台湾原住民の文化を嫌いました。結果、強制的に彼らの文化を廃止したり、殺したりしました。

 

台北からバスで一時間程の所にある烏来。そこには今も台湾原住民が住んでいます。

 

現在、観光地になっており、原住民の食べ物や織物などを買う事が出来ます。

 

台湾に来たばかりの頃、私も行ったことがあります。

 

手織物が素敵だったので、どれにしようか迷っていると、お店のお婆さんが日本語で色々話し掛けてくれました。

 

話しが弾んだところで私が「なんでそんなに日本語がお上手なんですか?」と聞くと、彼女の顔は曇り、その後彼女は話しませんでした。

 

あの時の気まずさは今も忘れられません。

 

当時、私は台湾について知らない事だらけでした。

 

主人と出会う前は、『台湾=金城武』と言う知識しかなかった程です。

 

きっと彼女にとって、日本人に対する気持ちは良くないはず。それなのに、生活の為に日本語を話す…複雑な気持ちになりました。

 

日本統治時代、日本人は良かれと思う事をしました。

 

道、上下水道、橋、トンネルを作りました。

 

学校を建て、学問を教えました。

 

そして、環境改善の為、それにそぐわない者を排除しました。

 

当時、私の義理父の家系に村長をやっていた者がいました。

 

ある日、日本の警察から連絡があり、その地域を牛耳っている者(つまりヤ○ザ)を集めてパーティーを開くとの事。

 

村長は、それを知ると関係のない自分の友達も呼んでしまいました(無料だから来いよ!的な。台湾あるある)。

 

パーティーで飲み食いし、最後の記念撮影時、背後から待ち構えていた警察官達にみんな銃殺されたそうです。

 

生き残ったのは村長だけ…。

 

それから、彼も辛すぎて病に倒れ、間もなくして亡くなったそうです。

 

これが当時の日本のやり方だったんですね。

 

隣街でも、そういう事が何度かあったと聞きました。今はその場所に家が沢山建っているのですが、「日本人がここに住んだら呪われるよ〜。」と脅かしてくる人もいます。

 

きっと台湾中で、そういう事をしていたのでしょう。

 

家族を殺された家族は、もちろん日本人が好きな訳ないですよね。

 

台湾でも人それぞれって事です。

 

台湾人はみんな日本語が出来ると思ってる方もおられるようですが、話せる方のほうが少ないです。

 

なので、日本語で話し掛けてもらえたら、それが当たり前だと思わず感謝の気持ちを伝えましょう☆